山本権兵衛

明治10年(1877年)の西南戦争時は、派遣されていたドイツ軍艦での遠洋航海中の外地で初めてその事実を知った。同年海軍少尉任官。

明治11年(1878年)、新潟県の漁師・津沢鹿助の三女・登喜子と結婚した。薩摩閥の海軍士官が、士族ではなく、平民の娘と結婚することは、当時としては異例のことであった。

薩摩閥のエリートとしての言動は問題を起こすこともあり、海軍中尉時代には、海軍卿・榎本武揚によって非職となったこともあったが、順調に海軍士官としての経験を積んだ。